2017-06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2005年読書ノート

[かおるんの独り言]
書評も面白かったですね。ぽんぽこさんが紹介されている本はほとんど読んだかも。『茨の城』、ぽんぽこさんは徹夜で一気に読んだそうですが、私は一月近くかかりました。読後感は完全にぽんぽこさんと一緒でした。♪




『荊の城』(サラ・ウォーターズ)

元旦の夜に、ほぼ徹夜で一気に上下巻を読破してしまったぞ。
面白かったよ。面白くって、エロくって、なおかつ、あちこちに知的仕掛けが掛けられていて、読み進めるうちに爆竹みたいに仕掛けが炸裂しまくる。最高だったよ。知的でクールでエロくって、もう、俺様好みの世界だよ。

書き出しの「あの頃、あたしの名はスーザン・トリンダーだった。」「たぶん、孤児だ。」といううっかり読み過ごしてしまいそうな一節からして、すでにさりげなく伏線張りまくりだし、劇場での『オリバー・トゥイスト』上演の日のエピソードから始まるのも、ディケンズへのオマージュとしてカッコいいよ。

そう、貧民窟で育つ主人公の成長期として、女性版の『オリバー・トゥイスト』を予感させながら、物語は始まる。ただ、ディケンズのような性善説ではなく、また、社会正義を唱えているわけでもない。ディケンズとは、同じ風景を描きながら、まるでポジとネガのように違っている。

前半の安っぽいゴチック小説風の、もったいぶったゆったりした書き出しが、徐々にスピードアップしていき、あれよあれよという間の、大どんでん返しの連続の果てに、物語は思わぬところにランディングするのだが、陰鬱な古いお城から、貧民窟の雑踏まで、つまり、小さな小川でしかないテムズ川の源流から、木片、布の端切れ、コルクなどさまざまなゴミの破片でおおわれている河口のロンドンまで、物語は、二人の主人公の視点を通して、19世紀ビクトリア朝のイギリスの路地と雑踏、そして田舎道を駆け抜けていく。

まあ、最初のどんでん返しは、途中で展開が読めてしまったけれども、それでも、第一部が終わったところで、誰もがため息をついてしまうだろう。予想がついたはずの展開を、しっかり描きこみ、読者に衝撃として伝える作者の筆力は確かだ。

主人公たちの心の動きもいいね。
愛することと憎むこととは、相手に対して強い執着を抱くという意味では、意外に近しい感情だろうし、自由を望む気持ちと、束縛へと惹かれていく感情というのもそれほど相対する感情でもないだろう。
そして、愛情と憎悪、自由と束縛の絡み合いこそ、エロティシズムに他ならない。いいね。思いっきりエロくって。

思いっきりエロくって、加速度的に物語の展開が早くなり、最後に妙な感触のハッピーエンド(?)で終わるところなんか、アルモドバルの傑作映画『アタメ』を思いだしてしまった。別にストーリーが似ているというわけではないけれどね。エンディングの後の心に残る感触が似てます。

最後のエンディングはいいね。
ネットの読書評をいくつか読んだんだけど、エンディングに難を唱える意見が結構、多いね。そうかなぁ。
作者は自分の快楽原則に非常に忠実だと思うよ。作者のウォーターズって、まず間違いなくレズビアンの人だと思うけど、二人の主人公が、過酷な運命に翻弄されながらも、何故か肉体的にはどうやら純潔が保たれているらしい、あるいは、作者自身はそのことについて書くことを拒んでいるという、ちょっと違和感を感じつつ読んできた設定が、エンディングに来てすっかり納得できた。要するに、この百合百合のエンディングが書きたかったんでしょ。
スケベじじいの伯父の蔵書同様、この作品そのものが、実は作者の妄想の産物なのだよということが暗示されていて、とてもよいエンディングだと思った。だって、所詮、小説じゃないの。

と、まあ、若干ネタばらし的なことを書いてしまって、ちょっと申し訳ないとも思うけど、面白いです。お勧めです。
みんなも株とかネットばっかりやってないでさ。本を読んだり、映画を見たり、恋愛したり、旅行したり、いろいろなことをした方がいいよ。人生は一度っきり。クールでエロい人生が一番!

2005年01月03日15:16





徒然なるままに。。。

みくろさんへ

レスポンスありがとうございます。

>>>>>>>>>>
以前の日記で、「なにごとも余所ながらに見る」の件は、なるほどーと思いつつ座右の銘としていいなぁと思ってネットで探しましたが詳細わからず、代わりに「双六の上手」なんかが出てきました(無知なんですわw)。これもまさに株にうってつけな話だなぁなんて思いました。
>>>>>>>>>>


うろ覚えで、いい加減に引用してますからね~。すみません。(^_^;)
徒然草のどの段にあったのかなと自分でも気になったので、ちょっと調べてみました。今は、ネットで簡単に検索できるのでほんとに楽ですね。以下のサイトで調べてみました。

http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~eguchi/pdd/turedure.html

確か田舎ものを小馬鹿にした段で出てきたんだよなと思いつつ、「田舎」をキーワードにして、検索をしてみたところ出てきました。第百三十七段ですね。「花は盛りに、月はくまなきをのみ、見るものかは。」で始まる有名な段です。

問題の個所を引用してみます。

>>>>>>>>>>
すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨(ネヤ)のうちながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。よき人は、ひとへに好(ス)けるさまにも見えず、興ずるさまも等閑(ナホザリ)なり。片田舎(カタヰナカ)の人こそ、色こく、万はもて興ずれ。花の本(モト)には、ねぢより、立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌(レンガ)して、果(ハテ)は、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉(イヅミ)には手足さし浸 (ヒタ)して、雪には下(オ)り立ちて跡(アト)つけなど、万の物、よそながら見ることなし。(第百三十七段)
>>>>>>>>>>


というわけで、兼好の言葉は、正確には、「なにごとも余所ながらに見る」と教訓を肯定文で語っているのではなくて、田舎の人は「万の物、よそながらに見ること」はしないという冷ややかな皮肉の言葉として出てきてます。

高校生の時、この段は、日本的な「わび・さび」の美学みたいな説明を教師がしていたような記憶があるのですが、今読み返してみるとまったく違う印象を受けました。
もっと毒気に満ちてるね。吉田兼好って、全然枯れてないな~。
仏教的無常観とか、なんのこっちゃという感じだな~。
だいたい、この段、「都の人」と「片田舎の人」とを、感性という視点から悪意に満ちた差異化・差別化しようという試みでしょ。みやこびと兼好の面目躍如ですね。
ツービート時代のビートたけしの田舎者いじめ漫才って感じかな、これ。
まあ、あえて言えば「元祖クール」って感じでカッコイイです。

人生はクールに楽しめってことでしょ。
花見で群がって酒を飲んで大騒ぎをしたり、自分たちの持ち株が上がると躁状態となって熱狂したりするのではなくてさ。

「双六の上手」の段、これも検索して見つけ出しました。
株式投資にも繋がる話で、大きく頷いてしまいました。

>>>>>>>>>>
双六(スゴロク)の上手(ジヤウズ)といひし人に、その手立(テダテ)を問ひ侍りしかば、「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手か疾 (ト)く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目(ヒトメ)なりともおそく負くべき手につくべし」と言ふ。 (第百十段)
>>>>>>>>>>


「一目なりとも遅く負くべき手にうつべし」って、まったくその通りだと思います。
相場格言のたぐいって、なに言ってるんだかわけがわかんないのが多くって、あんまり好きじゃないんだけど、これはリスクヘッジの教えとして、凄く実践的だと思います。よく考えて、咀嚼してみたい。

2005年01月04日14:59





『徒然草』(吉田兼好)

さっき書いた記事で紹介させていただいた「徒然草」を全文掲載しているHPで「徒然草」全段を一気に読みました。全段読んだのは初めてです。

http://www.cs.kyoto-wu.ac.jp/~eguchi/pdd/turedure.html

いや、面白い。徒然草ってこんなに面白い本だは思ってもいませんでした。
仏教的無常観とか、全然違うじゃん。兼好って、クールで知的で女好きで、これからは俺のココロの師と呼びたい。(*^_^*)

「つれづれなるまゝに、日くらし」で始まる有名な序段のすぐ後、第三段でいきなり「色を好まない男なんて、だ~めだめ」な~んて話が出てくる。こんなの学校で教わらなかったぞ。全文引用してみよう。

>>>>>>>>>>
万(ヨロヅ)にいみじくとも、色好まざらん男は、いとさうざうしく、玉の巵( サカヅキ)の当(ソコ)なき心地ぞすべき。
露霜(ツユシモ)にしほたれて、所定めずまどひ歩(アリ)き、親の諫(イサ)め、世の謗(ソシ)りをつゝむに心の暇(イトマ)なく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは、独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。
さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。
>>>>>>>>>>


次に俺様訳だ。

>>>>>>>>>>
いくら仕事をちゃんとこなす奴でもさ、女好きじゃない男なんて、穴の空いたグラスみたいなもんだよ。もう全然つまんないぜ。
朝露浴びてさ、腰ふらふらの朝帰りで、親から小言言われるわ、近所の奴らからは陰口言われてさ、そんでも全然気になんなくってさ、ちんちんがでかくなってムラムラ寝付けない夜なんてのもさ、なんにもない人生よか、よっぽどいいぜ。
でも、あんまりのぼせ上がって、女の子から「ばっかみたい」とか言われないようにするのも大事だけどな。ステイ・クールだぜ。
>>>>>>>>>>


突っこみどころ満載。考え込まされたり、笑わさせられたり。第百十七段を引用してみます。

>>>>>>>>>>
友とするに悪(ワロ)き者、七つあり。一つには、高く、やんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく、身強き人、四つには、酒を好む人。五つには、たけく、勇(イサ)める兵(ツハモノ)。六つには、虚言(ソラゴト)する人。七つには、欲深き人。
よき友、三つあり。一つには、物くるゝ友。二つには医師(クスシ)。三つには、智恵ある友。
>>>>>>>>>>


いいねえ。「友情とは何か」なんていう理念やきれい事には何の関心もないわけね。よい友達って「ものをくれる人」なんだって。もう最高だよ。徹底的な功利主義だ。
友とするのに悪き人で、「虚言癖のある人」というのは容易に理解できるけど、「病なく身強き人」も良くないなんてのは、いろいろ考え込まされた後で、「ああ、なるほどな」と納得できたりする。
ポップでクールで、その上、深い。人生の達人って感じだね。

最後の二百四十三段。俺様訳で紹介してみます。ちょっといい話です。

>>>>>>>>>>
8才の時、オヤジに聞いたんだよ。「お父ちゃん、仏さまってどんなものなの」そしたらオヤジが「そうだな、仏さまってのは、人間がなるものなんだよ」って。「それじゃあ、人間はどうやったら仏さまになれるの」って聞いたら、また、親父が言うわけ。「仏さまの教えを学んだら、仏さまになれるんだよ」って。だから、また聞いたんだ。「じゃあ、教えてくれる仏さまはどうやって仏さまになったの」そしたら、オヤジがまた答えるんだよ。「その人もまた、それより前の仏さまから教えを受けたんだよ」それでまた聞いたんだよ。「じゃあ、一番最初の仏さまは、どうやって仏さまになったの」そしたら、オヤジ、「う~ん。空から降りてきたか、土から湧きでるかしたんじゃないか」って言って大笑いさ。「せがれに聞かれて答えられなかったよ」ってみんなに話して面白がってたぜ。
>>>>>>>>>>


2005年01月04日20:49   





『一葉語録』(樋口一葉)

株のブログなんだか、何のブログなんだか、訳が分かんなくなりつつある今日この頃の俺様のこのブログなのだが、訳わかんなくなりついでに、また株とは無関係の事を書きたい。

今、樋口一葉の『一葉語録』という本を読んでます。これが本当に素晴らしいです。『一葉語録』と言っても、別に一葉の名言や発話が書かれた本というわけではなくて、一葉の日記や手紙をテーマ別に編集したアンソロジーです。樋口一葉というと「たけくらべ」しか読んだことがなかったんだけど、ああした密度の高い作品を生む背後にある一葉の「深さ」を知ることができて感動しました。

明治のいわゆる擬古文は、読みにくくって、結構辛いのだが、内容を過不足なく捕らえた全訳と解説が付いているので、読みにくいテキストは、どんどん現代語訳を見てしまえばいいんで、それほど苦痛に満ちた読書にはならないと思う。もっとも一葉の原文の方がはるかに深く、そして感動的だけれどね。

日本語って本当に美しい言語だよ。

一葉の必死さと気高さが感じられて思わず泣きそうになった一編の冒頭のあまりに美しすぎる一節を引用しておこう。

>>>>>>>>>>
道徳すたれて人情かみの如くうすく、朝野の人士私利をこれ事として、国是の道を講ずるものなく、世はいかさまにならんとすらん。かひなき女子の何事を思い立ちたりとも及ぶまじきをしれど、われは一日の安きをむさぼりて百世の憂いをせらずものならず。かすか成といへども人の一心を備へたるものが、我身一代の諸欲を残りなくこれになげ入れて、死生いとはず天地の法にしたがひて働かんとする時、大丈夫も愚人も男も女も何のけぢめか有るべき。
>>>>>>>>>>


この時、一葉22歳。東京の吉原の近くに開いた駄菓子屋の経営がうまくいかなくなり廃業を決意し始めた頃。時代は日清戦争開戦前夜。いよいよ日本が怪しい時代に突入していく直前の時期である。
この後、国家に対する憂いの念の表明が続くのだが、その中の「わがこころざしは国家の大本にあり。わがかばねは野外にすてられて、やせ犬のえじきに成らんと期す」という大げさだが真摯な一文が胸を打つ。

2005年01月19日00:56





『情報鎖国・日本』(高山正之)

ふ~ん、というのが一読後の感想。

これが「真実の書」なのか、それとも、一種の「トンデモ本」なのかは、もう少しじっくり検証してみないと何とも言えない。でも、とても面白かったよ。

「2:いつまでも何度でも戦後賠償」「3:日本語教育・創氏改名は恨まれることか」あたりは、章タイトルを見ただけでだいたいどういう内容なのかは分かるし、まあ、ネットのあちこちで、毎日のようにどこかの誰かが書いてる話なので、今更という感じで読み飛ばしていった。(^_^;)

「目から鱗」だったのは、東ティモール独立問題について書かれている「5:仕組まれたインドネシア悪玉説--東ティモール問題」という章である。
シャナナ・グスマンというポルトガル語の名前を持つポルトガル人との混血であるらしい風貌の独立派のリーダーを、朝日新聞だけが「グスマオ」と表記することには気がついていた。しかし、これはまた例によってあの新聞の馬鹿馬鹿しい「現地での発音主義」なんじゃないかと思って特に気にもかけなかったのだけれどね。そうか、こんな意図があったのか。驚いたよ。(詳しくはみんな自分で読んでね。)
インドネシアが、いわば国際的な罠に掛けられた東ティモール独立までのいきさつは、おそらくここで書かれているとおりだろう。あまりにつじつまが合いすぎるので、逆に嘘くさく思えるほどだが、しかし、高山氏が書いている説明は、整合性があり、非常に説得力と思う。

ヨーロッパ人がカリブ海の島々で、数百万、数千万単位のインディオの大虐殺を行ったこと、オーストラリアで白人が20世紀の初頭まで、まるでキツネやウサギを撃つように、アボリジニーを撃ち殺して楽しんでいたことなどの指摘も、まあ、僕はラス・カサスの『インディアスの破壊についての簡潔な報告』など、いろいろ読んで「知って」いたけれど、もし知らない人が読んだら衝撃を受けるのではないでしょうか。「えっ、ほんとなの」なんて言ってる平和ぼけ日教組教育ぼけの人は、是非、この本を読んで欲しい。

マハティールの「日本なかりせば」という世界歴史フォーラムでの講演は、名前を聞くばかりで、どんな内容なのかは知らなかったのだけれど、今回、初めて読ませてもらった。

なるほど、こんな内容の講演を日本のメディアはいっさい報道しなかったわけか。そりゃ、世界中から馬鹿にされるわ。(-_-)

「基本的には納得。一部、眉唾ながらも納得」というのが、この本を読んだ僕の全体的な感想なんだけど、ひとつだけ、これは高山さん違うと思うよ思ったのは、ビルマのネ・ウィン政権に対する過大評価。アウンサン・スーチーが本当にビルマの希望の星なのかはともかく、ネ・ウィンって、ビルマの人からほんとに嫌われてますよ。僕はかの地に何度か行ったことがあるので、そのことは実感しています。
彼の鎖国政策を「山岳民族との戦いを続け」「中国支援の共産ゲリラとも戦い」「やっとビルマ人の国を取り返した」と正当化するなら、北朝鮮の金日成・金正日政権だって正当化しなきゃいけなくなると思うよ。ネ・ウィンは自分の政権を維持したかっただけでしょ。

ただ、アメリカを中心とする西側諸国による、ビルマへの徹底的な孤立化政策が、独裁政権に圧力をかけるための人道的な理由などではないという点は同感である。
実際、ビルマよりも、サウジアラビアの方が非民主国家だし、イスラエルの方が非人道的な民族差別国家なのだから。
ビルマが、その2カ国ほどの恩恵をアメリカ合衆国から受けることが出来ないのは、石油も取れないしユダヤ人国家でもないためだろう。


さて、この本が、中国批判や朝日新聞批判の他の「トンデモ本」と一線を引いているのは、「反日」の背後にいるアメリカ合衆国の存在をきちんと指摘できていることでしょう。

日本の反日メディア・反日教育組織と中国・韓国・北朝鮮によって形成された極東の「反日ネットワーク」の影のプロデューサーは、実はアメリカ合衆国だ。
東アジアが一体化するのではなく、お互いが排外主義でいがみ合ってくれた方が、アメリカ合衆国にとっては都合がいいわけだからね。
朝日新聞は、言ってみれば踊らされているだけ。「反米・媚中」の本田勝一や筑紫哲也にしたところで、実はアメリカ合衆国の強大な掌の上で、踊っているだけなんだろうな。

世界は限りなく悪意に満ちているね。

2005年03月03日00:29  





『福沢諭吉の真実』(平山洋)

福沢諭吉の『福翁自伝』は僕の最も好きな本のひとつだ。神も仏もクソ食らえ、門閥制度は親の敵と嘯くゆきっつぁんは、もう圧倒的にかっこいいね。コドモの歴史の教科書だと、江戸時代は暗黒の時代ということになっているけど、こんなにも好奇心旺盛で、こんなにも知的な柔軟さを持つ、こういう人物を育んできた江戸時代って、精神面ではとても豊かな時代だったのだと思うよ。

中津奥平藩での幼少時代、長崎遊学、大阪の適塾での死にものぐるいのオランダ語修行。一つ一つのエピソードが、何度読んでも面白くて、そして、読むことによって大きなエネルギーを貰える。ところが、後半になって、福沢諭吉が「偉い人」になっていくにつれて、だんだん面白くなくなっていくんだよな~。羽が生えているみたいに自由に軽々と宙を飛んでいた精神が、時代の重力に引っぱられて、地べたに引きずり下ろされて行く過程のようで、じつは、いつも途中で読むのを止めてしまう。江戸時代は自由だけど、明治は重たいのだ。勝海舟の自伝『永川清話』を読んでも同じことを感じてしまうね。明治は重たく、そして不吉だ。

『福翁自伝』同様、福沢諭吉の業績も、後半になると非常に怪しいものになっていく。日本のアジアへの植民地支配を煽ったとされる「脱亜論」は悪名高いが、自由な精神の持ち主であった福沢が、何故、晩年には、あんなにも単純な天皇主義者になってしまうのか、非常に不思議に思っていた。平山氏も引用しているが、日清戦争での勝利を「豚狩り」に喩えているとんでもないパッセージがあるね。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
支那兵の如き(中略)日本人の心に於いては本来対等の敵と認めず、実は豚狩のつもりにて之を遇したるほどの次第なれば、外国の評判に対しても密に汗顔の至りに堪へず。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


さて、今回、平山洋氏の『福沢諭吉の真実』というこの本を読んで、長年不思議に思っていたことが、ようやく氷解したね。なあんだ、そういうことだったのか。

結論を書けば、晩年の福沢の筆とされる「時事新報」での社説のほとんどは、福沢自身の筆ではない。
「福沢諭吉伝」の作者であり、初期の福沢諭吉全集の編者である石川幹明の筆である。
このあたりの事情を突き止めていく過程は、推理小説のようで、めちゃくちゃ面白い。
ただ、平山さんの文章、ちょっと読みにくいな~。真面目な人で、すごく誠実に仕事をしているなということはとてもよく分かるんだけどね。煩雑なテクストクリティークの作業を、面白い魅力的な文章で書けというのは難しいのかもしれません。また、所々で引用されている福沢諭吉の自由闊達な名文が、あまりにも素晴らしいので、それに挟まれてしまうと、平山氏の文章がどうしても負けてしまうというのは仕方ないのかもしれない。まあ、福沢には勝てませんって。

さて、とはいうものの、植民地主義者福沢諭吉の名前を決定づけた「脱亜論」は福沢自身の筆である。ここでの福沢は、明らかに支那や朝鮮に対する嫌悪感を示しているように思えるが、これはどういうことなのだろう。

平山氏は、まずこの記事が発表された1885年3月16日という日付において、この記事がどのような意味を持っていたか、そして、当時の読者にはこの記事がどのように受け取られたかを考えてみなければいけないという。

1984年の末、朝鮮では、日本の明治維新に倣って、朝鮮独立党が開化政府を樹立し、清国との従属関係の廃止、人民の平等権を確立した。しかし、この独立党の政権は清国軍の介入によって、数日で瓦解してしまう。独立党への清国軍の弾圧は過酷であった。政変の首謀者だけではなく、父母妻子までも、無惨にも処刑した。

朝鮮から慶應義塾への留学生を受け入れ、朝鮮独立党への支援活動を行っていた福沢の「心身柔弱なる婦人女子と白髪半死の老翁老婆を刑場に引出し、東西の分ちもなき小児の首に縄を掛けて之を絞め殺すとは、果たしていかなる心ぞや」という怒りの言葉は、容易に共感できるものだ。

そうした流れの中での「脱亜論」であり、支那朝鮮を「悪友」と呼び、悪友とは「謝絶」するべきだと主張する福沢が、支那朝鮮への植民地支配を煽っているとは、どういう読み方をしても読めない。彼は支那朝鮮に対する嫌悪感と絶望を表明しているのであり、植民地支配どころか、あんな国々に進出しちゃいけませんと警告しているように読める。
そして、福沢が1884年に示した支那朝鮮に対する嫌悪感は、じつは2005年の日本人も容易に共感できる性質のものだろうな。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、寧ろその伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣國なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に從て處分す可きのみ。惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


ある思想家の著作を研究するにあたって、まず、きちんとしたテクストクリティークを行うのは当たり前のことだと思うのだが、福沢諭吉研究においては、そうした基本的なことすら、どうやらこれまでまともに行われてきていないらしい。驚きである。そして、作品が書かれた時代のコンテクストの中で、福沢の主張を理解しようする努力を、まったくはらうことなく書かれてきた、あの膨大な福沢諭吉に関する著作群は、いったい何のためにあるのだろう。

福沢諭吉に対して、こんなにも歪んだ肖像を作ってしまった背景にあるのは、もちろん、日本の歴史学の歪みだろうね。

2005年05月29日14:06





『失踪日記』(吾妻ひでお)

面白い!

吾妻ひでおってわりと有名な漫画家だよな~、失踪してホームレスみたいなことしてたんだ~という驚きと、新幹線の中で読むのに、漫画って頭使わなくていいよなと思って、駅構内の書店で買ったんだけどね。こんなに面白くって、そのうえ、ずしんと読み応えのある本だとは予想もしていませんでした。

すらすらっとかる~く一読してしまえるんだけど、読後感は、妙に重たい。いや、重たいという表現は適切ではないな。重たいけれどポップというか、軽いけれど深刻というか、そう、妙にリアルなんですね。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いていきます リアルだと描くの辛いし暗くなるからね
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


と最初に書かれているが、でも、十分にリアルだと思う。リアルな現実が、吾妻氏のまるっこいタッチの可愛らしい人物像で描かれていて、深刻だけど、妙にポップであり、そして明るいのだ。自殺未遂の話までもが、飲みかけのコーヒーを吹き出してしまいそうになるほど、笑える。

自殺するつもりで山に向かったのが、食べ物を探し、暖を求めて腐った毛布を拾い、寝場所を確保しと、徐々に「生活」が出来上がっていく過程が、すんばらしく面白い。

畑で野生のダイコン(?)を拾ったりするんだけど、一方で、人様のものを盗んではいけないという倫理観は持ち合わせていたりするのが、凄くリアルな感覚だと思う。妙に、感覚が「日常」的なのである。

要するに、この漫画は「ある日常」の記録なんですね。漫画家としての生活と、ホームレスとしての生活との間に、決定的な断絶があるわけではない。その閾はいつのまにか越えてしまうことができるような軽~いものなんだな。
もちろん、漫画家だけの話ではない。明日の朝、いつも乗っている上りの電車ではなく、ふと下りの電車に乗ってみただけで、もしかしたら、全然別の「日常」に遭遇するのかもしれない。それは転落でも、人生の失敗でもなく、ちょっとした横滑りなんだろうな。

2005年05月29日14:09   





『ひめゆり忠臣蔵』(吉田司)

ひめゆりの語り部たちについては、吉田司が1993年の『ひめゆり忠臣蔵』の中で、こんなふうに書いている。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
そう、私たちがいま見聞するひめゆりの物語とは、冷徹な歴史の証言というよりは、生き残った者たちが余りにテープレコーダーみたいに語り過ぎて話が様式化し、いささかお芝居じみてきた「定番悲劇」といってよかろう。学徒隊の乙女たちが砲火の中に次々と倒れていく段になると、「いよっ、大統領!!」とか「待ってましたッ!」などと声をかけてやらないと可哀想な国民的「反戦」教訓劇、つまりは戦後民主主義の十八番のストーリー、「ひめゆり忠臣蔵」とでも呼ぶべきものになってしまった。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
でね、錆びついた戦争遺品の前でこーした語り部オバさんの活弁を聞き、<悲惨な戦争体験を継承した>というお墨付きをもらなわいと、ナンダカ人生を真面目に考えていないような、安心してあのエメラルド・グリーンの海辺で遊んじゃいけないような、妙~な倫理的態度が日本人の身についてしまった。「日光を見ずに結構というな」の類で、「ひめゆりを見ずにスキューバ・ダイビングするな」と怒られそうだから、結構若い男女の観光客も訪れて、ひめゆりってのは沖縄観光の厄払いみたいな役割をはたしているのだ。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


僕の手元にあるのは、この本の初版。このあと、この本は、沖縄関係者からの抗議を受け、書き直しを迫られているはずので、現在出版されている『増補新版:ひめゆり忠臣蔵』にも、この一節が残されているかどうかは知らない。
しかし10年以上前の吉田司の指摘は今も有効だと思う。

事実、沖縄戦の歴史、そして、戦後「ひめゆり」が聖化されていく過程を丹念に辿っていけば、『「汚れなきひめゆり少女」は壮大なフィクションだった!』というこの本の帯の言葉が、何の誇張でもないことが分かる。1953年に今井正監督による映画『ひめゆりの塔』が封切りになるまで、本土はもちろん、ほとんどの沖縄の人たちも「ひめゆり部隊」なんて言葉は知らなかったという。

女子学徒隊は別に一高女の「ひめゆり」だけではない。二高女の白梅隊、首里高女の瑞泉隊もいる。沖縄戦では、女子学徒隊が重症患者に対してモルヒネ注射を打たされたり、沖縄人女性の日本軍人からのレイプ、あるいは慰安婦化などの証言も残っている。その一方で、沖縄女性のエリート中のエリートである一高女の「ひめゆり」だけは、先生と生徒の美しい師弟愛の中、平和を願って、汚れを知らないまま死んでいったという。本当だろうか。
戦争には、生き残った者たちにとって、語ることの出来ない暗部があるはずだ。そもそも戦争体験とは語り継ぐことが出来るものなのか。そして「汚れを知らない乙女」として神話化された体験を語り継ぐことで、果たして本当に反戦のメッセージが伝わるのだろうか。だいたい、彼女たちは本当に無垢なる被害者なのか。

大宅壮一は「沖縄の靖国神社ともいうべき『ひめゆりの塔』」と書いているけれど、戦争での死者たちを無垢なる存在として神聖化していくことにより、生き残った者たちを浄化していく聖地であるという点で、「靖国」と「ひめゆり」は同じ機能を果たしていると言えるかもしれない。
もっとも、こんなことを書くと、「右」からも「左」からも非難を受けそうだけどね。
でも、「靖国=ひめゆり」って、案外、ヤヌスの両面のような存在なのかもしれないぜ。

吉田司のこの本の中で、午前二時の那覇の飲み街で、泡盛に酔った男が笑いながら語る印象的な一節がある。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
「そんなもんさ、語り部の話なんて。偉大なるマンネリ女優(笑)。だって彼女らはさ資料館に来る大勢の観光客の前で連日"真実の証言者"という役を演じている老女優なんだから。名女優だよ(笑)。そうでなきゃ、ドーシテ何百回も同じ話繰り返してその度に涙流せるわけ?人間いくらなんでもそう毎回毎回泣けるわけないじゃないの、演技でなければ」
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


こういう話は、昼の光の下で、あるいは、テレビや新聞などのマスメディアの場で語られることはない。闇の中、声を潜めて、シニカルな笑いと共に、こっそりと語られ続けているだろう、今も。

僕自身、ずっと以前に、ひめゆりの語り部たちの話を聞いたことがある。語り部の女性の、鬼気迫るほどのエモーショナルな語りに涙ぐんでいる人たちもいるにはいたが、一方で白けた様子の人たちもいた。僕はなんだか空々しいものを感じて、その場にいることが辛くて席を外した。boringだったよ。もちろん、だからといって、(青山学院の入試の英文の一節を借りるが)「彼女の言っていることが無意味だったというべきではない。」が。

2005年06月17日23:37





『哲学講義』(ポール・フルキエ)

游さんへ

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
Pフルキエ著「哲学講義」(フランスリセの哲学教科書)を翻訳したものが全4巻で筑摩からでてたのを若い頃読んで非常に感銘を受けた記憶があります。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


ああ、筑摩らしい格調高い白い表紙の4巻本だったあの本ですね。最近文庫になってるのを見かけました。懐かしかったな。

僕も高校2年生の時に読んでました。フランスの高校生には負けられね~よなとか思いつつ、つまんない授業の時に、下線を引っぱりながら、最前列の席で読んでたな~。

まあ、高校の授業はほとんど全部つまんなかったので、ほぼ全ての時間を読書にあててましたね。
もの凄いスピードで本を読んでたな。当時の読書ノートみたいなものが出てきたので、先日眺めていたら、月曜日にリルケの『マルテの手記』を読破して、火曜にラディケの『肉体の悪魔』、水曜はソルジェーニーツィンの『収容所群島1』、次の日はフランスの詩人アポリネールの官能小説『一万一千本の鞭』。。。といったペースで雑多な本をがんがん読んでるんで驚いてしまった。あの勢いはいったいなんだったんだ!

放課後は映画館に入り浸りだったし、女の子とデートもしてたな~。ジャズ喫茶でタバコ吹かしてた記憶もあるし、水泳部の練習も結構熱心に参加していたはずだし、勉強も一応それなりに。。。
どう考えても、あの頃は一日が40時間くらいあったとしか思えないのですね。

そんなふうに、いろんなことをもの凄い速度で雑多に吸収していた時期に、一行一行丁寧に読み、立ち止まり、考え、また次の行へと読み進むという、もの凄く密度の濃い読書体験をさせてくれたのが、フルキエが書いたフランスリセの教科書『哲学講義』です。
フランスでは、文系の高校生の最終学年はたしか「哲学学年」と呼ばれているはずで、週6時間だか8時間だか、ともかく大変な時間が哲学に当てられるという。
そうした密度の濃い思考訓練の場のための教科書は、日本の教科書のどの科目のものともまったく違っていた。
「感覚」「認識」「理性」。。。そうしたそれまであまり深く考えないで使っていた言葉について、一つ一つ明確な定義が施されていくプロセスは、それまでまったく経験したことのない新しい世界で、ワクワクする思いで読んだ。
ひとつひとつの言葉の意味が、より鮮やかに感じ取れるようになるにつれて、世界そのものが、よりリアルで明晰なものに、その姿を変えていくかのように感じられたね。


ここまで書いたところで、もしかしたら書庫にあの本が残っているかもしれないなあと思って、今探してきたのですが、ありました!

いや、懐かしいわ。

今、「認識1」を開いていますが、全てのページにサイドラインが引いてあり、欄外に細かい字でいろいろ書き込みがしてある。何を言いたいのか意味不明な書き込みも多いのだが、この本のどこに反応してサイドラインを引いているのか、どんな言葉を使って自分の考えをまとめようとしているのかを探っていくと、この少年がその当時何を思っていたのかは、何となく分かる気はする。だって、こいつ俺だもん。

「注意を向けたいと思う方向になかなか集中できない→無意識の欲望」

なんて書き込みはほほえましいね。「無意識」という概念を知り始めたばかりなんだろうな、このクソ生意気な16歳のガキは。
「無意識の欲望」だってさ。具体的にはどんなことを念頭に置いて書いた言葉なんだろう。
16歳のガキにとって、「欲望」の99%は性欲だったはずで、それを知識欲に転化していく方法を、もしかしたら必死で模索していたのかもしれない。
こいつ、なかなかいい奴じゃん。

「言葉により、言葉の意味を知ることの限界。限界を越える方法」

うん、この書き込みは、ちょっとどきりとするね。なんか凄いことを考えてるじゃないか。

人間と動物とをきっちりと峻別した上で、動物は「経験的認識」だけを持ち、人間は「経験的認識」と「理性的認識」と考える西欧における伝統的な世界観の説明の部分には、かんなり不満があるみたいで、クエスチョンマークがいっぱいあちこちにつけられた上、

「この説明では、サルもトカゲも同程度の認識能力を持つことになる」

なんて、欄外に書き込まれているので、笑ってしまった。
わはははははははっ。まだまだ青いわ。
西洋思想史とかをきちんと学んで、西洋形而上学の暴力的な合理主義を、もっとしっかり理解した方がいいぜ。
まあ、実際、そうした勉強をする機会は、この少年にまもなく訪れるのだが。


大学に入ってから、フルキエの教科書はフランス語で読んだ。
そして、「感覚」とか「認識」といった言葉が、フランス語では決して哲学用語なのではなく、日常的な語であり、つまり彼らは極めて日常的な言葉で、哲学的思索を行っているのだと知った時には驚愕したね。

2005年07月27日02:19





<反>哲学教科書:君はどこまでサルか?(ミシェル・オンフレ)

ポール・フルキエによるフランスのリセで使われている哲学教科書について以前書いたことがある。認識、理性、感性...そうした言葉の定義を一つ一つ進めていきながら、思索を進めていくフルキエの教科書を、高校生の頃、一文一文舐めるように考えながら読み進めていったのは、懐かしい思い出である。翻訳が今ひとつなのがちょっと辛かったんだけどね。(^_^;)

フルキエの教科書の翻訳が出てから四半世紀だが、現在のリセの教科書の一冊であるミシェル・オンフレの『反哲学教科書:君はどこまでサルか?』を、この夏、沖縄本島で、雨の日の午後に、一気に読んだ。面白かった。出来れば高校生の時に読みたかったなあと思ったよ。こういう哲学書がフランスではベストセラーになってしまうというのはやはりちょっと凄いと思う。

各章のタイトルをずらっと並べてみるだけで、フルキエの教科書との切り口の違いは一目瞭然である。ちょっといくつか拾い上げて並べてみよう。

「君たちはなぜ、校庭でオナニーをしないのだろう?」
「君たちにはサルな部分が多く残っている?」
「100歳近いナチスの残党を裁くのは有益だろうか?」
「最低給与生活者は現代の奴隷だろうか?」
「大統領になるには、どうしても嘘つきでなければならないだろうか?」
「なぜ君たちの学校は刑務所みたいに作られているのだろう?」
「君たちは6,7歳のころ、両親のベッドで何をしようとしていたのだろう?」

タイトルは一見すると奇をてらったもののように見えるかもしれないが、内容は極めてオーソドックスだ。哲学における主要テーマを、高校生の興味を引くと思われる視点からシャープに語り、高校生が自らの力でものを考えることが出来るように配慮されている。

どの章もそれぞれ感心したが、特に、マルセル・デュシャンについて論じられている「いつの時点から小便器は芸術作品になる?」という章は、現代芸術についてのとても明晰かつコンパクト、そしてクールな紹介となっていることに感嘆した。

マルセル・デュシャンって名前は知らない人でも、展覧会に、衛生器具メーカーが大量生産している男性用小便器に「泉」というタイトルで署名をつけて出品しようとしたり、モナリザの複製画に鉛筆でヒゲを書き加えて、自分の作品として出品したりした人っていうと、まあ、皆さん、ああ、あの人かと分かると思う。それではデュシャンのパフォーマンスは現代芸術に何をもたらしたのだろう。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
他の人々が神という観念に死をもたらしたように、デュシャンは「美」に死をもたらしたのだ。この芸術家以後、もはや芸術に接する時に美の観念を念頭に置くことはなくなった。念頭に置かれるのはむしろ意味、意味作用だ。芸術作品はもはや美である必要はなくなり、むしろそこに意味が求められるようになっている。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


というオンフレの指摘は、「ああそうか、なるほど」という感じで、目からウロコである。簡潔な説明だけどしっかりポイントを突いていると思ったよ。難しいことを分かりやすく説明するためには知性が必要である。
そう、デュシャン以降、芸術は単に鑑賞するものではなく、知性で考えるものになったのだ。高校生に現代芸術について説明する上で、これ以上に明晰なまとめ方ってちょっと考えられない。難解で意味不明の日本人の学者が書いた現代芸術論などとはまったく知性の水準、教養の深さが違うと思うよ。

さて、特に興味深く読んだのが「暴力に訴えてもよいのだろうか?」というタイトルの一章である。
暴力を肯定することが出来るかという問いに対して、オンフレはまず冒頭の一行で「そう、時にはそういうこともある」と暴力の意義を肯定する。ここで言う暴力とは、個人と個人の関係、あるいは国と国の関係において、必然的に生じうる緊張に対しての一つの解決策である力の行使のことであり、個人間の喧嘩から国家と国家の戦争までのあらゆる力の行使を含んでいる。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
非暴力を絶対的な原理とすることは、相手側があらゆる手段を講じることをアプリオリに認めてしまうということだ。世界が理想的であったなら、暴力という極端な行為に走る必要もなかったはずだ。けれども世界はそうなっていない。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


と、まず非暴力を絶対原理とするような理想論を、非現実的な机上の空論として退ける。しかし、だからといって、暴力が解決策になるとは即断していない。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ところが残念なことに、この暴力という手段に訴えてしまえば、敵対するどちらかが壊滅するまで止まることのない、ある動きが生じてしまう。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


暴力が、暴力の連鎖を生む恐れがあることを指摘した上で、

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
つまり、暴力は問題を解決するかに見えて、実際には問題を別の場所に移し替えたり、問題を増やしたりする。誰も、何も、歴史を生み出す暴力からは逃れられない。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


と結論づける。つまり、暴力は不可避であるが、暴力は解決策にはならないというのだ。非常にパラドクサルな、そして、徹底的にリアリスティックな認識だと思う。非暴力を絶対的な原理とする理想主義は退けながらも、暴力が矛盾の解決を生まないことを冷静に述べている。そして、同時に歴史を形成する力が、そうした暴力であること、そこから人間が逃れられないという指摘もクールだ。
ここまで読んできて、「高校生にこんなことを考えさせるのか、すげえや」と感心してしまうのだが、オンフレの真骨頂はここからである。オンフレは暴力の回避への「強力な推進力」として「外交」に積極的な評価を与える。それでは外交と何か。誰が外交を行うのか。オンフレは書く。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
(外交の担い手となるのは)情報局やシークレットエージェント、スパイ、警察の各種専門捜査班、大使、領事、そのほか高級官僚だ。それらはたえず世界中を飛び回り、合意された説得手段の行使という範囲内で、暴力を封じ込め、その表面化を防いでいる。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


日本語の「外交」とはだいぶニュアンスが違うね。外交とは必ずしも「友好関係」への努力だけを指すのではない。外交とは言葉だ。外交とは、時に和解の言葉であり、時にののしりや威嚇の言葉でもある。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
丁寧で、礼節を重んじつつも、しっかりとしていて、明瞭で、さらには激しさをも秘めた、重みのある言葉、説明から始まって、断固たる主張、そしてののしりにいたるまで、手を出すことを避けながら問題を解決しようという善意には、実に多くの可能性が開かれている。言葉を制御できない人々、上手くしゃべれない人々、説明をつけられない人々は、暴力の餌食になることを運命づけられてしまう。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


20世紀の2つの世界大戦で、戦いには負けながらも、終戦の時には何故か戦勝国のテーブルに着くことが出来たフランスという国のしたたかさを、こんなところからも伺うことができる気がするね。高校生がこういう本を読んで勉強しているわけですよ。やっぱりすげえやと思うね。

暴力を防ぐもの、それは何よりも言葉だというのだ。「言葉を制御できない人々は、暴力の餌食になることが運命づけられている」というシビアな宣告は、オンフレ一個人の言葉というよりも、フランスという国家の歴史が語らせた言葉だと思う。

そして、今の日本の外交に関する議論の中で欠落しているのはここでオンフレが述べているような視点だろう。

憲法九条を守ることが、そのまま暴力に対する抑止力になるとは必ずしも限らないし、だからといって憲法九条を改正することが単純に日本の国防上のプラスになるわけでもない。

「謝罪とおわび」ではなく「拒絶」でもなく、だからといって、国連に過剰な期待を寄せるのでもなく、地政学的現実を冷静に直視した上で、丁寧で礼節を重んじつつも、断固と自らの立場を主張すること。結局、外交ってそういうことでしょ。
実際、日本と中国、日本と朝鮮半島において、「外交=友好関係」は地政学的に考えてもしばらくはあり得ないと思う。可能なのは、「外交=冷戦下での協力関係」であることをシビアに認識した上で、妥協と主張との接点を探ることだと思う。
ODAだの謝罪だのおわびだの、そんなものは暴力への抑止力としてはまったく機能していないのは自明だし、歴史認識や靖国問題が、外交上の凶器であることも冷静に認識しておく必要がある。

本当に東アジアの平和を願うのならば、中国や韓国に対してどのようなスパイ工作、そして宣伝活動を行うべきかとか、「情報局やシークレットエージェント、スパイ、警察の各種専門捜査班」をどのように育成していくかといった議論すらするべきだと思うけどね。
さらには、対中国要人用のコールガールを用意して、中国の政治家に接近させ、中国版河野洋平や中国版橋本龍太郎のような売国政治家を養成することだって考えた方がいいと思う。いや、マジな話だよ。
事実、戦後の一時期まで、日本って、それに近い「外交」をやっていたんじゃないの。東南アジアの某国の大統領のホテルの部屋に、銀座の某ホステスを送り込んだ話は有名だよな。

哲学的に考えるというのはどういうことなのか。高橋哲哉センセあたりも、こういう本を読んで、もう一度勉強し直した方がいいと思うね。完全に逝っちゃってるトンデモ本を書いている暇があるんだったらさ。

2005年09月03日21:35





「反日」解剖 歪んだ中国の「愛国」(水谷尚子)

久しぶりに中国関係の良い本を読みました。水谷尚子『「反日」解剖 歪んだ中国の「愛国」』である。タイトルだけを見ると書店にずらりと並ぶ、嫌韓国・嫌中国の書籍と同類だと思われそうですが、いやいや、似て非なるもの、まったく違う。そうした本とは完全に一線を画してます。

評判になってる『嫌韓流』は読みましたが、実は、僕はああいうのは好きじゃない。徹底的な反日教育を受けた世代が、ああした本をいわば「解毒剤」として浴びるのは必ずしも悪いことではないとは思うが、そこで留まっていてはいけませんぜ。「反日」から「嫌韓」に変わっただけでは、実はなにも変わってはいない。学ばなければいけないのは、現実をリアルに知ること、そして、その厳しい現実と冷静に対処していく「強い意志」と「言語能力」を身につけることだろう。ミシェル・オンフレは、それを「外交」って呼んでるけどね。
『嫌韓流』を読んだ若者達が、それでは日本の立場を世界に発信するために英語を学ぼうと決心したり、あるいは韓国の人たちとの対話を求めて韓国語を学んだりし始めるのならば、それはそれ、とっても良いことだと思うんだけど、少年少女達にそうした大志を抱かせる本じゃないよね、あれ。結局、韓国嫌いで終わってしまうんじゃないの。自堕落な自己肯定ほど見苦しいものはないですぜ。自閉した日本のメディア空間・知的空間の中だけのブームだという意味で、ある意味、韓流も嫌韓流も同じことなんじゃないのって僕は思いますけどね。

いやいや、『嫌韓流』の話をしたかったのではない。閑話休題。話を戻して、『「反日」解剖 歪んだ中国の「愛国」』である。この本と、雲霞のごとく書店にあふれかえっている嫌韓国・嫌中国の書籍との違いは何か。一言で言えば、この本にははっきりと「対話」の姿勢があるということだ。東シナ海の向こう側にある反日国家を「おぞましいもの」として拒もうとするのではなく、海の向こうにある現実を直視した上で真正面から相対していこうとする強い意志がある。

水谷さんが、この本で書いていることは、結局、高橋哲哉ならば、「亡霊のように甦る戦争の記憶」と1行で語ってしまう現実が、どのように形成されていったのかのプロセスについての多面的かつ詳細な分析である。
言うまでもないことだが、戦争の記憶とは「亡霊のように」甦るものではない。それを甦らせようとする政治的意図と外交上の狙い、そして社会背景と教育制度の問題がある。そして、さらには、戦争の記憶に固執するしかないあの国の閉塞状態がある。
そうしたリアルな中国の現実を、傍観者として眺めるのではなく、あの国の中に入り、人々との対話の中で把握していこうとする水谷さんの真摯な姿勢は本当に共感できる。

西安寸劇事件、サッカーアジア杯決勝戦反日暴動、上海日本人留学生殺人未遂事件など、すでにメディアでは語り尽くされ、消費されていった事件についての詳細な検証や、反日活動家達とのインタビュー、映画やゲームの中で記号化されていく日本人像など、さまざまな角度からの中国分析はとても興味深く、一気に読んでしまった。

確かに語られている内容は衝撃的であり、特に上海日本人留学生殺人未遂事件での、中国公安の態度、日本領事館の対応は、読んでいて怒りがこみ上げてくるくらい酷いものだとは思うが、少なくとも、この本を一読することで、中国に対する「無知から来る不安や恐怖」は一掃されるだろう。現実を直視するということはとても大切なことだと思う。中国は「恐ろしい国」だが「おぞましい国」ではない。「対話」の糸口はあるはずだ。繰り返すが「対話」とはオンフレの言う「外交」ということです。必ずしも「友好」であることを意味するわけではない。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
たとえば、日本の「左翼」友好学者と中国の御用学者が、予定調和的に戦争や日中関係に関する国際会議を開いても、両国関係の改善に対する効果は見込めないし、中国の潜在的反日意識に、正面切って向き合えもしない。中国の庶民とバトルを繰り返し、生の声を伝え合ってこそ、相互理解は生まれてくる。
それは確かに骨の折れる作業だ。だが、めげない・逃げない・諦めない。反日青年よ、かかってきなさい。私はまた、君たちに会いに行く!
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


いやあ、格好いいわ~。表紙の帯にもある著者の写真は、往年のアイドル伊藤つかさのなれの果てみたいな顔をした三十代後半の婦女子なんだけど、いや、この人、顔に似合わず硬派です。

中国政府、そして、日本のマスコミ関係者や学者に対する物言いも、ずばっと真ん中に剛速球、ほんとに格好いいです。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
もし、中国政府は日本との関係を大切に思うなら、日本の実情を伝えようとしない無責任な新聞記者や学者の言を重用すべきではないし、聞きたいことだけを言う都合のよい人物とだけ「友好」を確認する外交スタイルは即時に止めるべきだろう。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


これは、中国政府への呼びかけとして書かれているが、実は日本側の「日本の実情を伝えようとしない新聞記者や学者」や「聞きたいことだけを言う都合のよい人物」に対する批判と読むべきだろうね。

「おわりに」の中の、次のような一節には、声を出して笑ってしまった。いや、何人かの知人の顔が思い浮かんでしまったんで。もっとも、この笑いを他の人も共有しうるものなのかは、ちょっと疑問ではあるが。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
中国の反日感情は、戦時における日本の加害事実のみが原因で捲き上がっているわけではないにも拘わらず、現状把握よりイデオロギーを優先する頭でっかちな人たちが、日本の中国研究の世界にはまだまだ多い。
限られた同じ縄張りの人たちとだけ「対話」をして悦に入っているのは、「左右の陣営」或いは「日中両国」、どちらにも見受けられる現象だ。青アザやたんこぶをつくって反日騒動の現場ルポを書いたり、反日青年に罵倒されながら話を聞いてきても、学術界では「馬鹿だよ、あいつ」と後ろ指を指されるのが関の山であるばかりか、『諸君!』に執筆しようものなら、「進歩的」思想を持つ昔の指導教官から破門宣告をされてしまう。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


学者の世界では、『諸君!』なんていかがわしい雑誌に原稿書いてると就職できないんだよ。信じられないでしょ。アカデミズムの世界では、実は「反日」はイデオロギーですらないのだ。ただの処世術である。
水谷さんのように、「中国の庶民とバトルを繰り返し、生の声を伝え合って」いこうとする人よりも、自分にとって都合の悪い側面はいっさい見ないことにして、妄想の平和論を唱え、岩波書店や筑摩書房、講談社から本を出版し、朝日新聞に原稿を書いている方が、アカデミックポストをつかむためには有効であることは、例えば、この本を書いている水谷さんが中央大学非常勤講師で、その馬鹿さ加減にジャック・デリダも呆れかえったという高橋哲哉が東京大学教授だったりするという事実が、あからさまに物語っていたりする。「反日」は大学教授の処世術です。ほんとだよ。


さて、それでは私たち日本人は、中国とどう接していけばいいのだろう。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
では私たち日本人は反日感情渦巻く中国に対して、どう接していけばいいのか。
「反日教育をやめろ」ではなく、より具体的な事象--「田中メモランダム」「疑わしき写真」「倭寇」・・・・・・について再考を促すなど、事実と実態をしっかり把握し、不条理な反日には一つ一つ反論していくべきであろう。自身のテリトリーの中で相手を糾弾するのは容易いが、相手のテリトリーに出て行って、こちらの主張を伝えるのは骨の折れる仕事ではあるが・・・・・・。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


しんどい話だな~。でも、それ以外に方法はないだろうな。水谷さんの意見に僕は完全に同意する。
そして、そのための前提として、まず、日本の子供たちに「田中メモランダム」とは何かを教えなければいけないし、それが何故偽書だと判断できるのかの根拠も教えなければいけない。さらには、その偽書が、中国の教科書では、歴史的事実として掲載されているという酷い現実も教えなければならない。
そして、何よりも、対話の技術を教えなければいけない。対話のためには、外国語の高い能力が必要だし、さらには、ディベートの技術、レトリックに富んだ表現力も必要だろう。

ところが、実際、そうした21世紀の世界で日本人として生きていくためには絶対に必要な「歴史的知識」や「言語的表現力」を、子供たちは、決して今の学校で学ぶことは出来ないし、テレビや新聞でも教えてもらえない。
しかし、国境を越え、ビジネスや政治、学問などの場で、中国人や韓国人と、丁々発止でやり合わなければならない場面に至った時、正しい「歴史的知識」がないということは致命的である。
今日も、歴史的無知ゆえに、日本人が世界のあちこちで「小さな敗戦」を迎えているんだろうな。
そして、そうした歴史的知識を日本人が知る場所が、2ちゃんねるしかなかったりするという現実は、本当に悲惨だと思う。「電車男」よりよっぽど興味深い「歴史男」の格闘ぶり(http://usam.blogtribe.org/entry-3ed13d8da53c34db25887aced6dcddcc.html)を、とくとご覧あれ。

2005年10月09日11:49





『大西洋の海草のように』(ファトゥ・ディオム)

久しぶりに読み応えのある小説に出会った。大洋を揺蕩う海草のような、ゆるやかにうねりそして踊る独特の文体で織り上げられていくテキストからは、書き言葉でありながら、読み進めていくうちに、確実に著者の生々しい息づかいを聞こえてくる。良い本を読んだ時に感じる作者の世界を全面的に受け入れ肯定したくなるあの幸福感の中で、僕はこの本の最終ページを読み終えた。

著者は1968年生まれの旧フランス領であるセネガル出身の黒人女性。主人公のサリは著者とほぼ等身大の存在だと思われるので、基本的には自伝だと考えて良いだろう。サリは、セネガル領の大西洋の小さな島で、非嫡出子として生まれる。因習的な村社会からは疎外され育つが、いくつかの幸運と才能に恵まれ、首都のダカールの大学に進学し、さらにはフランスのストラスブール大学で学ぶ機会を得る。

物語は、ストラスブールに住む主人公と、故郷であるセネガルの小さな村で暮らす弟とを二つの極として進んでいく。二人を繋ぐのは1本の電話線。そして話題はサッカー。物語はピッチの上を転がるサッカーボールのように、スピーディーに、そして、ファンタジックに展開し、そして、セネガルとストラスブールを繋ぐ電話線の回線のように、ノイズを交えながら一人称の肉声を伝えてくれる。

弟にとってのヒーローはACミランのディフェンシブプレイヤーのマルディーニだ。サッカー選手になってヨーロッパで栄光の暮らしを送ることを夢見ている弟にとって、村にたった一台しかない古いテレビジョンでサッカーの試合を見ることが一番の至福の瞬間。ミランの試合結果が知りたくて、わざわざフランスにいる姉に電話をかけてくることも厭わない。

移民に冷たいフランスで困難な生活を続ける姉は、サッカー選手になりたい、ヨーロッパで成功したいという弟の夢に賛成できない。富めるヨーロッパとアフリカの貧しい漁村。目もくらむほどの落差のある二つの世界が、電話線で繋がる。

いや、二つの世界を繋ぐものは電話線だけではない。このまったく異なった二つの世界のどちらに対しても、テレビの電波は平等に襲ってくる。サッカーの試合のハーフタイムに、「消費せよ」と視聴者に呼びかける豊かなヨーロッパのCMは、貧しいアフリカの漁村にも平等に映し出される。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
お母さん、わたしはいま、あなたがようやく安らかに、
ムハンマドとシモーヌ・ド・ボーヴォワールといっしょに
お茶をしている姿を思い浮かべています。
私の自由があなたのものになるよう、この下界で私は言葉の束を供えます。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


巻頭におかれたこの言葉が、この小説の世界を鮮やかに示している。

「ムハンマド」の世界観が支配する因習的なアフリカの村世界と「シモーヌ・ド・ボーヴォワール」に象徴されるフェミニズムの知。そして、筆者の背後にいるのは、アフリカの女たちだ。

バオバブの大木の下で、何代も何代も、子供たちに村の昔話や噂話を話して聞かせてきたアフリカの女たち。「それからどうなったの」と目を輝かせて、話の続きを聞きたがる子供たちの前で、魅力的な語りを紡ぎ出していったそうしたアフリカの女たちのストーリーテリングの才能を、筆者は確実に受け継いでいる。

そうした物語を語ることの巧みさに加えて、フランスの大学で学んだフェミニズムの知と文体で、グローバル化と原理主義とで汚染された世界を鋭く分析し、切り裂いていく。
筆者のテキストを織り上げるのは、2種類のまったく異質の糸だ。アフリカの伝承的なストーリーテリングと、フェミニズムの知。2種類の異質の糸が複雑に織り込まれ、魅力的でそして不思議なテキストが紡ぎ出されていく。

ムハンマドとシモーヌ・ド・ボーヴォワールが、サリの母親と共に天国でお茶をしている光景。そうした奇跡的な至福の瞬間が、読後感として確実に伝わってくる。傑作だ。

2005年10月31日02:38





『火垂るの墓』(野坂昭如)

野坂昭如の『火垂るの墓』を読んだのは、高校2年生の時だった。野坂昭如の作品はそれ以前に『エロ事師たち』を読んでいたので、この人ってそっち系の作家で、この作品もそっち系の作品なんじゃないかと勝手に期待しつつ読み始めたら、期待していたものとはぜんぜん違って、おいおいなんだよ話が違うじゃないか、エロも裸も出てこないのか、これじゃあ全然ちんちんが気持ちよくならないじゃないかと、思いつつも読み進めるうちに、やがて物語の中に引きずり込まれ、衝撃と言っていいくらいの強い感動を覚えた。

雨降りの日の昼下がりの水泳部の部室だった。午後の授業はさぼって読書タイムにあてていたのだが、最後のページの最後の一行を読み終え、ふっとため息をついた後、それまで聞こえなかったざあざあ降りの雨の音までもが異様なくらい心にしみたことが、薄暗い部室の汗のこもった匂いとともに、今も生々しく甦ってくる。

この作品があまりにも悲しくそして美しいのは、戦争の悲惨さを扱った作品だからというだけではなく、大人たちの暴力の前での子供たちの無力さ無防備さといういつの時代にも変わることのない普遍的なテーマが扱われているからだと思う。そして、なによりもあの文体である。けっして関西弁として書かれているわけではないが、言葉のうねりの中に感じられる関西弁のリズムである。文章語としては標準語にその表現の場を奪われている関西弁のあのリズムが、二人の兄妹の息づかいを確実に読者に伝えてくれる。

小説だけではなく、スタジオジブリによるアニメもとても完成度の高いもので、だから、この作品がいまさらドラマ仕立てになったからといって、本当は見たくもなかったのだが、昨日の夜の日本テレビ系のドラマ『火垂るの墓』は後半の半分ほどを見てしまった。

節子とお兄さん役の二人の子役の演技が鬼気迫るほど凄くて、思わずチャンネルを変えられなくなってしまったのだったが、二人の子役の名演を台なしにしてしまったのは、いい加減な時代考証と出来の悪いシナリオである。だいたい松嶋菜々子って必要な役だったのかね。

玉音放送を聞いた直後に「無条件降伏やて」と吐き捨てるようにほざいたおじさんが出てきたが、はて、あの玉音放送を聞いて無条件降伏という言葉を思いつくわけないと思うけどね。日本が負けたと聞いて、何故か大はしゃぎしてしまう松嶋菜々子の子供たちも妙だと思う。

いや、そんな小さなことはドラマの演出上の脚色じゃないのと、気にならない人もいると思うけれど、でも、そんな脚色なしで、リアルに「あの時代」を細部に至るまで再現しようと努力してくれた方が、よっぽど衝撃的な作品になったと思うけどね。事実、二人の子役は本当に名演だったんだから。

すでに60年前の話である。戦争でもっとも酷い経験をした人たちは、決してあの時代を語ろうとはしないだろうし、あの時代について、饒舌に語りたがる人は、意識的かどうかはともあれ、そして、程度の差はあれ、嘘をついているのだ。そもそも戦争体験者はほとんどがすでにこの世の人ではない。そして、ドラマ演出上のちょっとした脚色で、結局「あの時代」に対する日本人の「記憶」も脚色されたものになってしまうことに対しては、やはり少しは敏感であるべきだと思う。

最後のタイトルバックで、おそらくパレスチナだと思われるのだが中近東の子供たちのスナップが映されていたが、あれはいったい何だったんだろう。「今も悲惨な戦争は世界からなくなってはいない」といったメッセージのつもりなのだろうか。むしろ、現在の平和なはずの日本での幼児虐待や育児放棄によって死んでいった子供たちのスナップを並べたほうが、よっぽど強いメッセージになったと思うんだけど。いつもは優しいお母さんだった松嶋菜々子演じる母親は、戦争のために人間が変わってしまったのではなくて、戦争ではなくても大人は子供を平気で見殺しにしてしまうのだ。諸悪の根源は「戦争」にあるのではなく「人間」の側にある。


[追記]

このブログの記事は、基本的には一気に書いてそのままアップしてしまう。推敲はほとんどしない。荒削りでも、その時その時の自分の気持ちをそのまま言語化しておくと、後で「日付の付いた自画像」として読むことが出来るからね。でも、時に後で読み返してみると、わかりにくい説明になっていることに気がつくことも多々ある。

この記事についても、少し補足しておくと、

>>松嶋菜々子演じる母親

松嶋菜々子が清太と節子の母親を演じたのではなくて、二人の兄妹を一時的に預かった親戚の叔母さんの役を松嶋菜々子が演じていたわけです。ドラマは、清太と節子を第三者的な視点で見つめる井上真央演じる松嶋菜々子の娘役による一人称のナレーションの形で構成されていた。

まあ、視聴率稼ぎの狙いで、松嶋菜々子と井上真央を使ったテレビ局側の事情はもちろんよく分かるんだけど、誰にも見守られることなく、二人きり孤独の中で死んでいった清太と節子の絶望的な孤絶感は、一人称のナレーションによって完全に弱められてしまっていた。

井上真央のナレーションは、いわば「戦後の視点」なのである。「戦争って悲惨だな。二度と戦争を起こしてはならないな」という凡庸な結論を導き出したいのならば、まあ、これもありかとは思うが、『火垂るの墓』の美しさは、反戦というテーマにあるのではないと僕は思う。実際、戦時下の庶民の生活の悲惨さを描いた小説などいくらでもあると思うが、これほど美しい小説は他にないのだから。

野坂昭如自身は、彼の作品の中でもっとも有名な作品になってしまった『火垂るの墓』について語ることは極端に少ないようだ。彼自身の戦争体験が、清太の中に投影されていることは間違いないが、この小説が彼のリアルの体験であるかのように読まれたり、反戦のための教材のように使われたりすることには、内心忸怩たる思いもあるのではないか。

彼が書きたかったのは「反戦」ではなく「人間の孤独」「人間の残酷さ」そして厳しい現実の中で翻弄されてしまう「子供の無力さ」だと思う。

2005年11月02日23:48





冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行

ジム・ロジャーズの『冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行』は『マーケットの魔術師』の正続編と株式編や、アレキサンダー・エルダーの『投資苑』などと並んで、投資を志す人の必読の本だと思う。そして、何よりも圧倒的に面白い。「この本を4回読んだ」と帯のコピーで村上龍が書いてるけど、確かに何度でも読みたくなる心躍る傑作である。

この本は、ジョージ・ソロスとクォンタム・ファンド立ち上げた伝説的な投資家であるジム・ロジャーズが、金髪の若い美人と共に、2台のバイクで、ユーラシア大陸を往復、アフリカを縦断、オーストラリア大陸横断、さらにはアメリカ大陸をアルゼンチンの南端のホーン岬からアラスカまで駆け抜けていく10万キロに渡る冒険の旅の記録である。
訪れる国々の経済状態をシビアな投資家の視線でリアルに見つめていき、投資にふさわしい国なのかどうかを判断していく。

もし、高校時代にこんな本を読んでいたら、間違いなく大学は経済学部を選び、卒業後は証券界に飛び込んだんじゃないかと思う。もっとも、バブルの狂乱の80年代と、停滞と閉塞の地獄の90年代を、日本の証券界で生きる人生が、果たして幸せなものだったのかどうかは何とも言えないが。

これまでも何度か拾い読みをしていたのだが、この週末、全体を一気に読んだ。通読するのは2度目である。

もっとも、5年前に始めて読んだときとは、驚くほど印象が異なった。

実は、5年前は、後半の3分の1ほどは、飽きてしまって、ざっととばして読んだのだが、今回は飽きることなく、最終ページまでたどり着くことが出来た。

前回、通読したときの一番の不満は、ジム・ロジャーズが、西洋「文明」という尺度で、世界のあらゆる国を判断して、「文化」的多様性にはいっさい目を向けようとしないことにあった。

アフリカ、アジア、南アメリカ、どこを旅しようと、どの国を訪問しようと、彼はその国を、経済活動の自由を保証する民主的な政治体制なのか、それとも需要と供給の関係を軸とする経済の原理に対して人為的な力で対抗しようとしている国家統制主義なのかという一点で全てを判断しようとする。

アフリカの熱帯のジャングルも、ロシアの大平原も、彼は語るべき言葉をほとんど持たない。これだけの大旅行をしながら、彼が見ようとしていないものはあまりに多い。彼が出会うのは、その国の経済や株式市場の関係者ばかりで、それ以外の人々、街で農村で暮らす人々は、バイクから眺めることが出来る遠景でしかない。

例えば、子供について、この本の中では全くと言っていいほど書かれていない。世界中どこでも子供はいる。子供たちがどんな表情をしているかでその国の将来を予測することも出来そうだが、彼はどうやらそういうことにはいっさい関心がないようだ。

そして、文化的多様性、世界の音楽、世界の料理、世界の風習など、文化人類学者ならば喜んで目をとめるであろう土地ごとのローカルな生活様式について、彼はまったく関心を示していない。

つまり、世界各地を旅行しながら、ジム・ロジャーズ自身の立ち位置は微動だにしない。

ジム・ロジャーズより数十年前に、南米を友人とバイクで旅したアルゼンチンの若者がいる。彼の名は、チェ・ゲバラ。彼のバイクでの南米旅行の日記である『モーターサイクル南米旅行日記』は、翻訳に問題ありだが、旅が自己形成の場であることを教えてくれるすばらしい記録だ。

一方、ジム・ロジャーズは旅の前と後とで何ひとつ変わってはいない。10万キロの旅は、彼に何の変化ももたらしてはいない。

ブエノスアイレスに住む裕福な家庭出身の医学生であったゲバラは、バイクでの旅の後で南アメリカの歴史と現実を視野におさめた革命家の卵になったのに対して、ジム・ロジャーズは、旅の前も旅の後も、自分たちの世界観こそが唯一正しいものであり、世界の他の国々はそれに従うべきであると信じて疑うことのない傲慢な「アメリカ人」のままである。

ジム・ロジャーズはこの旅の10年後に、今度は車で世界一周旅行を行っている。

この時も彼はやはり若く美しい金髪の女性を連れていくのだが、10年間、女性を年齢による老化から守ってくれる魔法のクスリはいまだ発明されていないので、つまり、彼は別の女性を連れていったわけである。

結局、彼が旅を共にしたのは、単なるパートナーとしての女性ではない。若く金髪の女性を「美」の基準とすることを決して疑おうとしない「文明」なのである。

女性は現地調達で、という発想は彼には全くないんだろうな。僕はそっちの方が楽しいと思うんだけど。

前回は、そうした「アメリカ人的傲慢さ」に強く違和感を感じてしまって、途中から読むのが嫌になってしまったのだが、今回は、最後までしっかり面白く読んだ。そして、ひとつの軸で世界をすっかり解析し尽くしてしまおうとする、ジム・ロジャーズの強い意志をむしろ肯定的に捕らえたい気分になった。

そして、何よりも、世界を見る目がリアルであることに改めて敬服した。

例えば、中国の天安門事件について、彼は「(学生たちは)経済の停滞と金融政策への不満の捌け口を民主主義に求めた。ほとんどの中国人は民主主義にはそれほど興味はなかった。彼らはただ金持ちになりたかっただけなのだ。」とばっさりと斬る。北京大学のエリート学生たちの「民主主義ごっこ」には思い切り冷淡だが、その後の中国の15年間の変化を見れば、「彼らはただ金持ちになりたかっただけなのだ」という断定は完全に的を射ていたものであることが分かる。

南アフリカの黒人政権についても、彼の視線はシビアだ。ネルソン・マンデーラの黒人政権が夢想する人種差別のない国家という理念を彼は一笑に付す。マンデーラ後の南アフリカ政府が、やがて経済の自由のない国家統制主義に陥り、理念としての民主主義など自壊していくであろうという彼の危惧は、おそらく的中するだろう。

世界の下部構造としての経済が全ての根本であり、理念が世界を動かすと考える思考を観念論として退けたのはカール・マルクスだが、そして、文化的多様性を「アジア的停滞」と切って捨てたのもマルクスだが、共和党の支持者であるジム・ロジャーズは、ある意味では、サヨクよりもよっぽどマルクスの世界観に近いのだ。皮肉な話である。

時が経つにつれて色あせていく書物もあるし、逆にどんどんと輝きを増していく本もある。今から10年以上前の本だが、世界は、ジム・ロジャーズの予言通りに進んでいるようだ。この本は、これからもますますその輝きを増していくことだろうね。

2005年12月14日20:15
スポンサーサイト

コメント

こんにちわ。ぽんぽこさんがブログをまたやっておられると知り、探しているうちにこちらに辿り着けました。
ぽんぽこさんがブログを止められた時、覚悟はしていたもののパソコンの前で一時間も呆然としてしまったのを覚えています。
そして株の世界でいろいろな事が起こるたび、ぽんぽこさんならどう言うだろうか…せめて過去ログが読みたい…と過去ログを保存していなかった事を悔やみ続けていました。

今だにぽんぽこさんの新ブログは見つけられてませんが、かおるんさんのブログでぽんぽこさんにまた会うことが出来ました。

これからぽんぽこさんの言葉をじっくり読ませていただきます。何年か前に読んだ時よりも少しは自分の中でぽんぽこさんの言葉が消化できるようになっていればいいと思っています。

かおるんさん、ほんとうにありがとうございます。
感謝の気持ちでいっぱいです。
つい嬉しさのあまり長々とすみませんでした。これからも期待しています。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://stockwizard.blog109.fc2.com/tb.php/1-ed9bc5e9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

かおるんの自己紹介

29歳の専業主婦です。 趣味は旅行とグルメと株式トレード。 運用資金は50万円でスタートして2年。今は500万円ほどです。 伝説のトレーダーぽんぽこさんの熱烈なファンでした。一度だけブログのコメントにお返事がいただけたときは、嬉しくて...。 ネットの上でのお付き合いですが、私が人生でもっとも影響を受けた人の一人です。偽悪的で乱暴な口調の背後に、繊細で知的な人柄が隠れてましたね。かっこ良かったです。トレードについての知識だけではなくて、歴史とか政治についての考え方、読書や映画についてなど、いろいろ影響を受けました。 もう一度、あのぽんぽこ節をネットで読みたいです♪

stockwizard

Author:stockwizard

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。